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御言葉にいきるBIBLE MESSAGE

器を砕いたマリア

堺福音教会 牧師 福留 正明

器を砕いたマリア

 マリアは大切に持っていた非常に高価なナルドの香油が入った壷を砕いて、その香油をイエス様に注ぎました。つまり、彼女は「器を砕いた」のです。彼女が注いだナルドの香油は、「1リトラ」と書かれておりますが、別の聖書では「三百グラム」と書かれており、「三百デナリ」程度の価値であることが分かっています。1デナリは、ほぼ一日の労働賃金と言われていますので、マリアがこのときに使用した三百グラムのナルドの香油は、一人のサラリーマンの年収に相当するほどのものでした。それを一度に使ったのですから、弟子が「もったいない」と指摘するのはもっともな話でした。

   
 当時のイスラエルでは、この香油は婚礼で使うために、若い女性が将来のために用意していたもののようです。これを持って女性達は結婚式に向かったのだそうです。とても高価なものですから、親は、女の子が生まれると、それを入手する計画を立てて準備したのです。しかしながら、マリアが持っていたナルドの香油は、まったく別のことのために使われました。マタイの福音書二十六章十二節~十三節を見ますと、「この人はこの香油をわたしのからだに注いで、わたしを埋葬する備えをしてくれたのです。まことに、あなたがたに言います。世界中どこでも、この福音が宣べ伝えられるところでは、この人がしたことも、この人の記念として語られます。」とあります。そうなのです、このナルドの香油は婚礼ではなく葬儀のために使われました。 

   
 さて、ここで、もう一度立ち止まって、マリアの様子をみてみましょう。ルカの十章三十九節には、「マリアという姉妹がいたが、主の足もとに座って、主のことばに聞き入っていた。」とあります。マリアはイエス様の足元で、主の言葉に聞き入っていました。この「聞き入っていた。」という言葉は「聞き続けていた」と訳されるべき言葉で、「聞くことに専念している」ことを意味します。彼女は、そのことに自分のすべての関心と注意を向け、しっかりとそこにとどまり続けていました。なぜでしょうか。彼女は、大切な弟ラザロの生き返りを目の当たりにして、死人が生き返るということを受け止め、イエス様ご自身が死ぬことと復活することを語られると、その言葉の通りに受けとめたのだと思います。彼女の信仰は、それまで持っていた、ある種の制限の壁を崩し、復活に対する信仰になったに違いありません。

   
 実は、イエス様が十字架に架かって葬られた時や復活した現場を見に行った人たちの中に、マルタもマリアもおりませんでした。イエス様とあれほど親しくしていた彼女達は、なぜイエス様の墓に行かなかったのでしょうか。他の女性たちが墓に埋葬するために行っているのに、マルタとマリアがそこに見当たらないのは、彼女たちがイエス様はよみがえるということを、ラザロの奇跡を通して、またイエス様の話しを聞いて悟っていたからではないでしょうか。彼女たちにとっては、それが自然だったのです

   
 弟子たちは、イエス様が「死んだのち、よみがえる」という話を、何度も繰り返し聞かされていたにもかかわらず、それを受け止めていませんでした。しかし、彼女たちはそれを受け止めていました。とりわけマリアは、イエス様の言葉をじっと聞いて、短い言葉からイエス様の復活を悟っていたのです。

   

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