キリストの体の中の私

元執事 稲本 都子

さて、そうこうしながら、あわれみによって何人かの友人達が救われ、地域の集会が祝されてきました。ところがどういうわけか、人数はあるところからなかなか増えなくなってしまいました。おそらく、私はあまりにも熱心すぎ、イエス様に夢中になりすぎて、ついイエス様のことや、信仰そのものの話しに深入りしすぎていたのでしょう。ですから、いろいろの必要をもって来た人も、その必要が満たされず、また私の話についていけなくて失望し、去っていく結果になったのだと思われます。つまり牧会をするにはあまりに未熟で、自分の信仰に確立にしか興味のない「子供」であったわけです。

そんな中で、私は潔くなりたいと切に求めておりました。「きよくなければ神を見ることはできない」という御言葉を読んだりすると、ますます切実にそれを求めたものです。当時、私の考えていた「潔め」とは献身と服従に於いて徹底し、人間の到達できる「清さ」の追求であって、それは聖書のいうところの内容とは異なるものでした。
私の思いの中で、知らず知らずいつの間にか形造っていた、自分勝手なものを求めていたのですから、得られないのは当然であったのですが、その時はとにかく自分の内面の弱さと格闘し、御言葉の基準にあまりにも遠い自分を責め続けたのでした。一事が万事で、要するに人間的次元の発想をいっぱい混えながら中途半端に模索していましたので、自分の対しても人に対しても狭い基準をあてはめて不自由な殻に閉じこもっていたのだと思います。ですから、まわりの人には何とも扱いにくく、肝心のところで話が通じない存在であったわけで、ずいぶん迷惑をかけたと恐縮しています。

 このような時、主のあわれみによって啓示が入ってきたのは、何といってもプリチャード師のチームが日本にきて、そのメッセージに接したことからでした。特に、目新しいメッセージではなかったのですが、あの先生方が語られるイエス様は観念の世界から躍り出て、生き生きと、聞く者の心を天的な恵みの中につれこみ、幾重にも縛られていた鎖がパラパラと断ち切られるのを経験したのです。まさに自分自身が体験されたイエス様の紹介でした。
それまで、私が聖会や研修会で聞いたいたものと内容的には少しも違わないにもかかわらず、一味違っていたのです。私はその魅力のとりこになって、毎年待ちかねたように聖霊セミナーに出席したものでした。真の自由とはこういうものだったのだ、という実感でした。中でも、私にとって決定的ともいえる変革は「教会感」が確立したことでした。それまで知識では分かっていたのですが、神様が私をこの世から救い出してくださり、堺福音教会の一員としてくださった目的は、この教会という身体の一部分としての明確な召しと使命があって、良きにつけ悪しきにつけ、この身体なる教会の兄弟姉妹方と運命を共にし、神の栄光をあらわしていくのだという構成図が実感となり、すべてをここから考えるようになったことでした。

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