あなたを通して働かれる神様

 もう一つの話があります。ある教会の主任執事が言った話です。

 「私たちの教会には566人のメンバーがおりますが、そのうちの100名は老齢の方と障害を持っている人です。ですから働くことのできる人は466名です。ただ、このうちの80名は大学生ですから、残りは386名になります。そしてさらに、このうちの196名は教会ではなく、この世のものに大きな興味を持っているので、教会の奉仕に期待できる人は、結局190名になります。でも、このうちの165名は、教会からかなり離れた所に住んでいるので、いつも教会に来れるとは限りません。その結果、わずか25名だけが奉仕をお願いしてもよさそうな方になります。でも、残念ながらこのうちの23名は、自分では、すでに教会のために出来る限りの事をしており、これ以上何も出来ないと言っています。ということは、あなたと私だけの2名が残りました。申し訳けありませんが、私は何も出来ないほど疲れてしまっていますから、あなたにお願いするしかありません。どうか頑張ってください。よろしくお願いします」

 

2.あなたの働き

 1983年に、私はカナダの極北の町で行われた宣教大会で話をするチャンスがありました。エスキモーのイルクースクという町の聖ユダ教会で、話をした時のことです。私は、すべての人がそれぞれ教会にとって重要な役割を持っていることを強調し、コリントⅠの12章から、パウロがキリストの体の各部分が重要性を語っている箇所を説明しました。22節の「それどころか、からだの中で比較的に弱いと見られる器官が、かえってなくてはならないものなのです」を話しながら、皆さんは、牧師は教会にとっての“強い右手“で、副牧師は、”左手“と考えているかもしれませんねといいました。そしてまた、二人の執事は、教会の働きを進めるための”強力な右足と左足“と考えているかもしれませんと説明しました。さらに、あなたは、自分がそれほど重要な部分ではない・・と考えて、”私は、足の臭い親指(smelling big toe)にすぎない“と言うかも知れませんと言いました。すると、会衆は・・・エスキモー人ですが・・・みんな、笑ったのです。なぜ、みんながそのように笑うのか、その時は分かりませんでしたが、実は、教会の重要な働きをしていた夫婦の名前が エスキモーの言葉で、BIG TOE(大きな親指)という方だったのです。とにかく、私が言いたいことは、すべての方は誰でも教会が必要としているのだということです。

 

 スティーブン・ネイル司教は、世界宣教についてすばらしい情熱を持っている方ですが、「宣教に携わるすべての人が必ずしも“伝道者”である必要は無い」と言いました。牧師は、人々をキリストのために勝ち取る働きをするために任命されています。ですから、もし牧師がそのような働きをしない時は、当然のことながら、牧師であるべきかどうかが問われることになります。同じようなことが信徒の場合にも言う事ができます。つまり、もし信徒がキリストであった証をしたくないのであれば、それはクリスチャンとして召されたことを放棄することになるわけです。羊が羊を生むことを考えてください。もし、あなたのすべき事をすべ牧師に任せて・・・つまり羊飼いに、羊のすべき事をすべてさせるなら・・・あなたは、何も得る事はできないでしょう。羊飼いは羊飼いを生み出しますが、決して羊は生み出さないのです。

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