宣教理念

堺福音教会の宣教理念について

堺福音教会の主管牧師であった(2001年に召天しました)我喜屋光雄牧師が、 語った宣教理念を紹介したいと思います。

故 我喜屋 光雄牧師
  (がきや みつお)

—– 御言葉にかける教会の宣教 —–
メッセージ:我喜屋光雄 牧師

堺福音教会のビジョン

私達の教会の宣教理念を一言で表現すると”御言葉にかける教会”と言えよう。長年これを追求してきたが、礼拝堂の入りロホールにあるステンドグラスの”恵みの流れ”はこれを表現している。すなわち、十字架と聖霊の流れである。御言葉にとどまり、養われてきた姿である。言い換えると、私達は、神のことばは生きていて、私達の内面の問題に対してだけでなく、生活のすべてにわたって現実であるという(ヘブル人への手紙4章12節) その約束にかけて、その真実を体験してきたのである。したがって、今日の教会の成長も、新会堂が与えられたことも、御言葉にかけた結果と受けとめられる。決して変わることのないこのような御言葉の真実を証しする教会でありたいという願いが、私たちの教会のビジョンである。御言葉の原則にかけて行動するならば教会は成長し、新しい教会を生み出し、与える教会になるはずである。そのように信じて”成長する、生み出す、与える”という表現を使った具体的な宣教の行動理念が生まれたのである。

堺福音教会の宣教

私たちの教会の宣教は、牧会宣教、拡大宣教、世界宣教と呼ばれる3つの柱からなっている。教会の様々な働きは、この3つの分野に分類され、これらを通して賜物が引き出され多くの奉仕にあたることができる。これは(エペソ4章11-12節)に述べられている5つの職務と、それによって聖徒たちが様々な奉仕に整えられるという原則に通じている。それぞれの宣教活動を通じて、成長する、生み出す、与えるという理念が具体的になるのである。

<牧会宣教….成長する>

これは教会中心の宣教活動を意味し、宣教の最も基本的で奉仕の範囲の最も広い分野である。例えば礼拝、フォローアップ、とりなし、教会運営、会堂管理、礼典、諸集会、地域ミッション、教会学校、会衆(壮年、婦人、青年、教会学校)活動など多くの奉仕活動がある。特に、礼拝を中心にして、様々な分野で召命と賜物が引き出され、油注ぎを受けた奉仕が起こされるように願っている。

<拡大宣教….生み出す>

これは教会が教会を生み出す働きで、宣教のゴールとも言えるものである。それは偉大な宣教師・使徒パウロの宣教に見られる特徴であり(使徒14章21-23節)、主イエスの大宣教委任の中心点である(マタイ28章18-20節)。これまでに、私たちの教会は教会を生み出し、多くの教会の設立を助けてきたが、現在では、東京、三国、信濃、犬山、泉北、岡山、沖縄という形で働きの場所を持つようになっている。生み出された教会は、そこからまた新しい教会を生み出すという共通のビジョンをもって自立を目指し、お互いに交わりを保ちつつ、共に協力していくのである。

<世界宣教….与える>

これは世界的視野で宣教を考え、対外的な必要に与えていく働きである。そのために、従来は”海外宣教”あるいは”対外宣教”と呼んでいたものを、1998年度の総会において思い切って”世界宣教”の名称にした。それによって私たちの意識が世界的視野に広がることを願ったからである。世界宣教は与えるスピリットの表現の場であり、家の窓に例えられる。窓のない家を考えることが出来ないように、教会も外に与える宣教の働きを無視することは出来ない。教会が自分のことばかり考えていると、やがて息苦しくなり、空気はよどんで視野が狭くなり、いずれ衰退する。神の国の法則は”与える”ことであるが、これは自然界の法則と同じである(I コリント9章8-15節)。私達の教会は1961年以来長年にわたって、この宣教の働きを通して神の経済法則(I コリント9章9-10節)が真実であることを証ししてきた。すばらしい新会堂を含めて、多くの点で祝福されてきた事は、その結果であると確信している。 (1998年度の総会資料から編集)

堺福音教会の礎は、1949年に来日したスウェーデンからの宣教師ヘルゲ・ヤンソン先生夫妻によって築かれ、そのルーツは北欧スウェーデンにあります。第2次大戦後の混乱期に、聖書を通して人生に希望を与えるために来日した先生夫妻によって、沢山の人達がイエス・キリストに導かれました。

その中に我喜屋牧師夫妻もおりました。一条通りにあった洋裁学校を借りてはじめられた宣教活動が進展し、1960年には大仙中町に会堂を建設し、1997年に泉北・若松台へ移転しました。

ヤンソン夫妻 小画像

沿革と歴史

設立時の写真

1961年には将来の牧師を育てるための聖書学院を開設し、ここで育てられた人達が奈良、和歌山、岬、八尾へと派遣され教会を形成していきました。その結果、現在では関西地区を中心に北は東京から、南は九州まで約50の教会が「日本福音教会」と呼ばれるグループを形成するまでに成長し、文部省の認可を受けた宗教法人として登録しております。堺福音教会は、グループの中で最初に作られた教会として常にこの団体の中心になり、我喜屋光雄牧師は1990年まで理事長として、その宣教活動をリードしてきました。さらに、2014年には我喜屋明牧師が新たに理事長に就任され、この流れを継承されています。この団体は、各地方教会の独自性を尊重しつつ正統的な聖書信仰に立って、お互いに協力し合う連合をモットーにしており、その運営には、北欧に根付いている穏健な民主主義の影響を強く受けています。スウェーデンから多くの宣教師を日本に送り出した団体は、スウェーデン・オレブロ市に本部を持つオレブロミッションと呼ばれ、日本だけでなくバングラデシュ、タイ、ネパール、モンゴルなどのアジア諸国の他、ブラジルやアルゼンチンなどの南米、エチオピアやウガンダなどのアフリカヘも多くの宣教師を派遣しております。

堺福音教会の特徴

堺福音教会はスウェーデンからの宣教師によって始められたこともあって、北欧的精神風土の特徴である人間性の尊重、極端になることを嫌い、中庸を重んじる精神、素朴で簡素な感性などを引き継いでいます。これが教会活動のあり方や運営に豊かに反映され、人と人とのつながりを何よりも大事にしております。その結果として、これまでに富田林、河内長野、泉北に新しい教会を生み出し、さらに東京、群馬、長野、愛知、岡山において伝道所を開設し、自然な形で教会活動を拡大しています。さらに、国際的な教会活動にも特徴を持っており、スウェーデン、ノルウェー、フィンランド、アメリカ、カナダ、ロシア、インドネシア等の人達との交流を重ねてまいりました。地域の人達とも同じような精神で、そのつながりを豊かにしていきたいと思っています。

礼拝出席者と教会員

1952年2月3目、23名の教会員で教会を設立した堺福音教会は、1975年には100名を越える人達が集まる礼拝を持つようになりました。現在では毎日曜日に2度の礼拝プログラムが持たれており、一度の礼拝に150~160名が集まっています。教会には、小さな子供から老人に至るまで幅広い年令の方が集っていますが、最も多いのは家庭の主婦で全体の約半数近くを占めており、「婦人会」を構成しています。結婚している男性は「壮年会」と呼ばれるグループを、また結婚前の青年達は「Wing」という名称で様々な活動を展開しています。また、高校生以下の年齢の子供達には年令に合ったそれぞれのクラスも持たれております。

教会活動

堺福音教会の最も重要な教会活動は日曜の午前に行われる礼拝と、水曜日夜に行われる「水曜日の礼拝」、金曜日午前中に持たれる婦人のための集会で、そのほか青年のための集会や祈り会があります。小中学生や高校生に聖書教育を行う教会学校は日曜日の午前中に持たれております。子供達のための教育活動には長い間力を入れてきました。乳児から高校生まできめ細かく用意されている多くのクラスとプログラムは、約30名の奉仕者によって支えられています。

教会学校では、日曜日ごとの聖書教育の他に、ピクニック、夏のキャンプ、クリスマス集会などを計画し、特に教会周辺の子供たち対象に土曜日にはレインボーキッズを開催して地域杜会との交流を深めています。音楽面ではゴスペルミュージックやクラッシックなど、さまざまなジャンルの音楽を対象とした数多くのコンサートを開催しています。教会堂を使ったバッハ音楽のコンサートなどのほか、堺市民会館大ホールを使った大がかりなクリスマスコンサート、泉ヶ丘駅前のビックアイ・ホールでのレーナ・マリアコンサート、和泉中央駅前の弥生の風ホールにてクリスマス・ゴスペル・ジャズ・コンサートなど、教会外のホールでも開催しています。また、恒例のクリスマス燭火礼拝のコンサートには毎年楽しみにされて集われる地域の方もおられます。 また、壮年を中心に聖書講演会や教育講演会なども開催しており、教育間題、老人福祉間題、家族や夫婦間題などについて、沢山の人の必要に応える努力を重ねているほか、婦人会が中心になってバザーを開催し、さらに、様々な社会活動にも経済的、人的な協力、支援を続けております。

みことばにかける

 

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